東軍の関ヶ原史跡

福島正則陣跡(春日神社)~関ヶ原の戦いを見届けた「月見の宮大杉」

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関ヶ原の戦いの際の、福島正則の陣跡は、松尾・春日神社の境内にあります。

福島正則は、加藤清正細川忠興らと共に豊臣秀吉から可愛がれた子飼いの豊臣恩顧武将ですが武断派です。
その為、文治派(文吏派)である石田三成小西行長らとは反りが合わず、福島正則や加藤清正、黒田長政などは徳川家康に味方しました。

そして、関ヶ原の戦いでは先陣として福島正則が布陣したのが松尾の辺りです。
平野長泰の弟・平野長重、大野治長も福島隊に加わっています。

本来であれば、先陣を任された福島正則が一番槍を務めるはずでした。
1600年9月14日、朝8時頃、霧が少し晴れてくると、井伊直政松平忠吉の部隊が、福島正則隊で陣借りしていた可児才蔵を、西軍の物見と見誤って、鉄砲を宇喜多秀家に撃ちかけたのをきっかけに、戦闘が始まったともされます。
井伊直政らの動きに、先鋒を奪われてはいけないと、福島正則らも一斉に前進を開始したのです。

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ちなみに、福島正則隊の侍大将・可児才蔵は、武勇を高い武将として有名です。
可児才蔵は、関ケ原の戦いにて討ち取った首を、自分の物であることが分かるように「目印」として「笹の葉」を耳・鼻・口などに挿しておいたと言います。
下記写真は、関ヶ原ウォーランドに展示されている可児才蔵。

その首の数は17にもおよび、東軍随一として、徳川家康から大いに賞賛されたと伝わります。

春日神社がある場所は、美濃の中山(鏡台山)のうえにのぼる「月」がとても綺麗に見えた場所であったことから、昔から月見の名所となっており、春日神社の境内にそびえる「月見の宮大杉」は、樹齢800年の杉の木で、関ヶ原の戦いを見届けました。

関ケ原合戦屏風にも1本杉として、描かれています。
しかし、2011年8月に大枝が折れてしまったそうですが、まだ健在です。

春日神社がある福島正則陣跡の道路反対側に、約6台ほどの観光用駐車場があります。
下記の地図ポイント地点が、駐車場の場所で、陣跡はすぐ目の前です。

なお、古い集落の民家が立ち並び、道路も広いとは言えませんので、どうぞ安全運転でお願いしたいと存じます。
藤堂高虎京極高知の陣跡も近いですので、セットでどうぞ。

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