関ケ原の時の徳川家臣

  1. 遠山利景と遠山一行~徳川家の旗本となる礎を築いた明知城主

    遠山利景(とおやま-としかげ)は美濃明知城主・遠山景行の3男だったようで、幼いころから妙法山・萬勝寺にて僧になっていました。しかし、元亀元年(1570年)に兄・遠山景玄が死去し、元亀3年(1572年)12月28日、上村の戦いでは秋山虎繁…

  2. 遠山友勝と遠山友忠~遠山友政は関ケ原の戦いで活躍し苗木城に復帰

    遠山友勝(とおやま-ともかつ)も生没年は不詳ですが、遠山右衛門佐友勝は、遠山友忠の父ともされます。…

  3. 岩崎城の戦い~岩崎城主の丹羽氏次と丹羽氏重とは【小牧長久手の戦い】

    1584年、羽柴秀吉(豊臣秀吉)と徳川家康が戦った「小牧・長久手の戦い」シリーズですが、関ケ原でも活…

  4. 横田尹松とは~高天神城の生き残りで徳川家では使番となった武田家臣

    横田尹松(よこた-ただとし、ただまつ)は、1554年に横田高松の娘婿・横田康景(横田綱松)の長男とし…

  5. 松平忠吉とは~井伊直政と共に関ヶ原の火蓋を切るも

    松平忠吉(まつだいら-ただよし)は、父:徳川家康の3男として、1580年9月10日に浜松城にて生まれ…

  6. 柴田勝政と柴田勝重~東京の住宅街にて今なお柴田勝家の兜を祀る史跡

  7. 本多正重と本多正氏~徳川家を出奔するも復帰して大名になった槍の名手

  8. 酒井重勝と酒井重忠とは~徳川家の槍奉行と河越城主

おすすめ情報

  1. 亭主関白の意味を正しく理解しよう~関白・豊臣秀吉との関係は?
  2. 山内一豊陣跡~出世松がそびえる旧中山道沿いの陣跡【関ヶ原の史跡】
スポンサーリンク


スポンサーリンク


PAGE TOP