徳川家康・三河統一の戦い「善明堤の戦い」松平好景の討死【どうする家康】「藤波畷の戦い」
1560年、桶狭間の戦いにて織田信長が今川義元を討取ると、松平元康(徳川家康)は岡崎・大樹寺ほ経て三河・岡崎城に復帰。さっそく三河統一に着手するが、三河・吉良氏の吉良義安と駿府での人質時代に仲がよかったこと、そして吉良義安の旧領を支配して今...
1560年、桶狭間の戦いにて織田信長が今川義元を討取ると、松平元康(徳川家康)は岡崎・大樹寺ほ経て三河・岡崎城に復帰。さっそく三河統一に着手するが、三河・吉良氏の吉良義安と駿府での人質時代に仲がよかったこと、そして吉良義安の旧領を支配して今...
茶屋四郎次郎とは茶屋四郎次郎(ちゃや-しろうじろう)は、京都で呉服などを商いし戦国武将にも大きくかかわったた豪商です。もとは、小笠原長時の家臣・中島明延(中島四郎左衛門明延)が深手を負い武士やめて京都に店を構えたのが始まりとされ、将軍・足利...
酒井重勝とは酒井重勝は1549年生まれで、通称は酒井与九郎または酒井作右衛門尉重勝とされます。1653年、三河一向一揆の際に、酒井重勝は徳川家康と敵対しました。その後、徳川家の家臣に戻ると、1572年、武田信玄との三方ヶ原の戦いにて、徳川家...
小牧長久手の戦いとは豊臣家と徳川家の対決となった小牧・長久手の戦いは、織田信長の亡きあと、岐阜城主・織田信孝を滅ぼした、織田信雄が、織田家中の実権を掌握しようとしたため、三法師を擁立していた羽柴秀吉(豊臣秀吉)と対立し、徳川家康を味方につけ...